2009 02/26
- 「未来をひらく福澤諭吉展を観て」芳賀徹さん(東京大学名誉教授)のメッセージを掲載します。
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颯爽たる福澤諭吉 芳賀 徹(東京大学名誉教授)
表慶館の福澤諭吉展―福澤好きの私にはたまらなく面白かった。しょっちゅう置き忘れるので、同じものを家の中のあちこちに配置していたという老眼鏡。脚ははめこみ式で、家の中の気分のいいところに持ち歩いて、客と応対しながらでも書きものをしたという携帯用小机。
それに、磨ってはためておいた墨汁を硯に移すのに使ったという大
きなスプーン。―第一室にあったこれら身辺の小物からだけでも、すでに、若いときから工夫好きで、身を飾らぬ、なにについても「颯々」としたあの大柄な諭吉先生のすがたが彷彿としてきた。その先生が、老眼鏡をかけて、こんな小さな机の下に膝を折りこんで『時事新報』の論説などを書いていたとは、想像するだに愉快だった。さらに、晩年までつづけた早朝の散歩に、同行する塾生を文字どおり叩き起こしたという銅鑼とその桴(ばち)。冬の散歩に使ったという、ただの状袋のような手のない手袋。これには思わず笑ってしまった。有難く閉口する塾生たちの顔が浮かび、股引き姿に鳥打帽で長い竹杖をついてすたすたと行ったにちがいない老先生の後姿が見えてきたからだ。
福澤のさまざまの年代の肖像写真が出靹ったのも、この展覧会の見ものだ。写真は三十枚以上もあるそうで、これは福澤が同時代人のなかでも「無類の写真好き」で、その上に「自らの風采に少しく自信があった」からだろうという、福澤研究センターの都倉武之氏のコメント(図録)も面白い。咸臨丸でサンフランシスコに行ったときの写真は、たしかにまだ「垢抜けしていない」(都倉氏)。だがその二年後の一八六二年、「大君(タイクン)の使節」の一員としてヨーロッパを周遊したときのものはすでに写真慣れしていて、ポーズもきまっている。
今回のチラシにも使われたロンドンでの全身写真は、左手を腰に、少しばかり左に向けた顔が口をきゅっと結んで、いかにも才気煥発、利かん気の諭吉だ。着物の腹のところが四角にふくらんでいるのは、多分洋書の分厚い一冊を突っこんでいるからだろう。ハーグやユトレヒトでのものは、いろんなポーズを見せて、まるで写真を楽しんでいるかのようだ。
私が一番好きなのは、パリで日本人種の見本として撮られた上半身の一枚で、左手に扇子を立てて握り、脇差し柄(つか)の飾りを光らせて、真正面を見つめている。私が昔、「顔ばかりでなく頭の中まで眉目秀麗」と評したことのあるポートレートだ。眉が濃く、少し大き目の口は一文字、眼もとにはかすかな愁いさえおび、好奇心と向学心を内に秘めてヨーロッパ文明に対峙する満二十七歳の青年武士。すでに「独立自尊」の気概がこの風貌には満ちている。
彼は帰国してまもなく『西洋事情』を書き、慶應義塾を開き、『学問のすゝめ』『文明論之概略』という揶揄と挑発と智
慧に満ちた啓蒙の大古典をつぎつぎに刊行していった。金玉均(キムオクキュン)、兪吉濬(ユギルチュン)ら朝鮮の開化派と留学生を支援し激励した書幅や記録は、今後の日韓関係にさえなお意味をもつ。「阿房の頂上」田舎議員を諷した一幅も痛快だ。寒い夕焼け空の上野公園に出たとき、私は福澤先生から元気と勇気を与えられ、背中を突っつかれているような気がした。(『三田評論』2009年2月号より転載)
「未来をひらく福澤諭吉展を観て」
長谷山彰(慶應義塾大学文学部長)さんのメッセージ
http://www.fukuzawa2009.net/2009/02/post-aaa5.html
林望(作家、書誌学者)さんのメッセージ

